ウェディングフォトを始めて20年|アメリカで報道カメラマンをしていた頃
- 2 日前
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こんにちは。
bozphoto & styles の Tsutomu です。
日本でウェディングフォトの撮影を始めて、今年で20年。
今では結婚式や前撮り、七五三、お宮参り、家族写真など、人生のさまざまな節目を撮影している bozphoto & styles ですが、実は私のフォトグラファーとしてのスタートは、ウェディングではありません。
アメリカでの報道写真でした。
「報道カメラマン」と聞くと、どんな仕事を想像するでしょう?
戦争や災害、事件などの現場へ行き、時には危険と隣り合わせで写真を撮る。
そんなイメージを持つ人も多いかもしれません。
もちろん、そういうフォトジャーナリストもいます。
でも、私がアメリカでやっていたのは、そんな世界とはかなり違うものでした。
地方の新聞社で、その街に暮らす人たちの日常を撮る仕事です。
今回は20年以上前の写真を引っ張り出して、私がアメリカで新聞カメラマンをしていた頃のことを、少し紹介してみようと思い、ブログを書いてみました。
アメリカで写真を学んだ9年間

私がアメリカで生活したのは、合計で約9年間。
最初はシアトルの短大で2年間。その後、シリコンバレーとして有名なカリフォルニア州サンノゼの大学に4年間通いました。専攻はフォトジャーナリズム。学生時代には、ワシントン州、カンザスシティー、フェニックス(アリゾナ)、そしてシリコンバレーと、4つの場所でインターンシップを経験しました。
その中でも、報道写真として特に印象に残っているのが、アリゾナでのインターン時代に撮影したこの一枚です。
山火事の消火活動を終えた消防士たちの疲労と安堵が入り混じった表情——今振り返っても、報道写真として一番手応えのあった写真だと思います。
こうした経験が評価され、大学卒業後、ワインで有名な街、ナパバレーの地元新聞社に就職することができました。
ワインで世界的に知られるカリフォルニア州のNapa Valley。
地元新聞の Napa Valley Register です。
※上の写真は San Jose の大学時代にドキュメンタリーフォトとして半年撮影した、自閉症の子供を持つ家族の物語り。こちらに関しては、また別の記事で詳しく紹介します。
日本とは違う、米国の新聞社の働き方

日本の新聞記者というと、最低でも12時間以上働き、呼ばれればいつでも取材に飛んでいく……そんなイメージがありますよね。
でも、米国の新聞社の労働環境はしっかりしていて、カメラマンごとにきっちりとシフト制が組まれていました。私のシフトは12時から21時までの午後&夜シフト。担当していたのは、地元の高校スポーツを全て撮影するという役割です。
ちょっとした豆知識ですが、米国では一年中同じスポーツをするわけではなく、シーズンごとに撮影するスポーツが変わります。
- 秋:アメフト、バレーボール、サッカー
- 冬:バスケットボール、レスリング
- 春:野球、テニス、陸上
季節が変わるたびに撮る競技も変わるので、飽きることなく楽しみながら仕事ができました。

こちらは冬のスポーツの代名詞、バスケットボール。
この真ん中の選手は春にはソフトボールでも大活躍していました。
そう考えると、マイケルジョーダンが野球にもチャレンジしていたの、何か分かりますよね。

米国ってあまりサッカーは盛んではないのですが、ナパはラテン系が多かった事もあり、まあまあ流行っていました。

日本でウェディングフォトを始めてからも、お支度の段階から一日の流れを追いかける撮影を続けています。思い返せば米国時代も、スポーツでは試合そのものだけでなく、舞台裏に入り、始まる前の選手の緊張感などを撮るのが好きでした。

もしくは、試合が終わった後も安心せずにリアクションを狙ってみたり。
この日は地区優勝した試合後、急にメインコーチがマネージャーさん(学生じゃない)にプロポーズ。
大盛り上がりになっているシーンを撮る事が出来ました。
ワインカントリーの華やかな世界

次によく撮影していたのが、地元ネタです。究極のワインカントリーとして知られるナパバレー。ワインが美味しいということは、それに付随して高級レストランも数多くあります。
ナパの新聞では毎週のように地元レストランの特集が組まれていて、私もお店の雰囲気や料理の撮影を担当していました。残念だったのは、どんなに美味しそうな料理を撮っても、撮影後は厨房に戻さなければならなかったこと。後ろ髪を引かれる思いで何度もお皿を返しました。
高級ワインと高級レストラン、そこに集まってくるのが地元の社交界です。月に一度ほどの頻度で、全米からプライベートジェットで駆けつけてくるような方々のパーティーを撮影することもありました。


昨日は高校生のバスケットボールを撮っていたのに、今日はタキシードやドレス姿の人たちが高級ワインを飲んでいるパーティー。
そして明日になれば、また普通の街のイベントを撮る。
この振り幅の大きさも、地方新聞のカメラマンという仕事の面白さでした。



街が華やぐクリスマスシーズン
ナパバレーで働いていて特に楽しかったのが、クリスマスの時期です。街中がぐっと華やかになります。
学生たちが開催するクリスマスイベントを撮影したり、高級住宅地をドライブしながら「今週一番のクリスマスデコレーションをしている家」を探して写真を撮ったり。そんな取材もありました。
余談ですが、当時ナパの新聞社がカバーしていたエリアは、香川県や東京都と同じくらいの広さ。それでいて、住んでいる人はたった12万人ほど。華やかなイメージとは裏腹に、実は小さな田舎町でした。
華やかさの裏にあった、もうひとつのナパ

ワインと観光の街として知られるナパバレー。
華やかなイメージの強い場所ですが、そこで生活しながら毎日のように街を取材していると、観光客として訪れるだけではなかなか見えてこない、もう一つのNapaが見えてきます。
そして私は、だんだんそちらの方にも興味を持つようになりました。
そのひとつが、ナパバレーを走るバス。車社会のナパで、いったいどんな人たちがバスを利用しているのか。
面白そうなネタって事で編集長に提案して、小さなフォトエッセイの企画をたててみました。
利用していたのは、多くが学生たちや、農業労働者として働くメキシコ系の人達。 NHKの「ドキュメント72時間」のように、色々な人にカメラを向けて、インタビューしてみました。

そんな取材を続けている中で見つけたのが、地元のメキシコ系コミュニティの人たちが行っていた、小さなお祭りでした。
観光客向けのイベントではありません。
そこで暮らしている人たちが集まり、自分たちの文化や故郷とのつながりを大切にするためのお祭りです。
話を聞いていくと、Napaに暮らすメキシコ出身者の中には、メキシコのある特定の地域からやって来た人たちがとても多いことも知りました。
おそらく最初に移住してきた何人かが仕事を見つけ、
「Napaに来れば仕事があるよ」
と故郷の家族や知人を呼び、さらにその人たちが次の人を呼ぶ。
そんなふうにして、一つのコミュニティが出来上がっていったのかもしれません。
世界中から観光客がやって来る華やかなワイナリーのすぐ近くに、こんな人たちの暮らしがある。
そして、そこにはそこにしかない家族や人々の物語がある。
そういう物語りを見つけるのが面白い仕事でした。
そして、日本でウェディングフォトの世界へ

Napa Valley Registerでの仕事は楽しくて、本当はそのままずっと新聞カメラマンを続けたいと思っていました。
ただ、海外で働くとなると避けて通れないのがビザの問題。
結局、数年間働いたあとに新聞社を辞め、日本へ帰国することになりました。
とはいえ、当時は日本にずっといるつもりではなく、いずれまたアメリカに戻って、新聞カメラマンを続けたいと考えていました。
そこで、日本にいる間の仕事として始めたのがウェディングフォトの撮影です。
最初はアルバイトのような感覚で始めた仕事でした。
ところが、やってみたらこれが意外と楽しかったんです。
新聞写真とは撮るものも仕事の内容も全然違いますが、人の表情や、その場で起きる一瞬を追いかけるという部分では、アメリカでやっていたことも少し役立ったのかもしれません。

そんな感じで始めたウェディングフォトがいつの間にか本業になり、bozphoto & stylesとして会社を立ち上げ、気がつけば今年で20年。
今ではウェディングだけでなく、七五三やお宮参り、家族写真などもたくさん撮るようになりました。
例えばこちら。私が東京に戻ったばかりの頃に3歳の七五三を撮影させて頂いたご家族。
去年の秋にはなんと、成人式を迎える事となりました♪
20年という節目なので、今回はちょっと昔の写真を引っ張り出して、アメリカで写真を撮っていた頃のことを振り返ってみました。

【bozphoto & stylesについて】
bozphoto & stylesは、日常のかけがえのない瞬間から、特別なウェディングの日まで。自然な感情やストーリーを大切に、写真に写しとることを目指しているフォトグラファーチームです。
おふたりらしさがふっとにじみ出るような、そんなリラックスした時間を一緒に作りながら、心に残る一日を丁寧に撮影していきます。





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